![]() |
|
平成12年度06月26日
通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室
水蒸気およびシクロヘキサン雰囲気下での雲母表面の凝着特性
ナノテクノロジ視点からみた微小しゅう動機構のトライボロジ設計データベース構築を目指す機械研NEWS,2000,No.6より
機械技術研究所 極限技術部
機械量子分子工学特別研究室長
加藤 孝久
<概 要>
最近の情報機器の小型化は著しい.たとえば,ハードディスクは記憶面媒体に大量の情報を書き込み取り出す磁気ディスクと磁気ヘッドの組み合わせで小型機械要素として注目されている情報機器である.小型機械要素は宿命的に次々と寸法の縮小が要求されその期待に応えるためには微小な寸法のしゅう動部を正しく理解し,設計することが重要である.
すなわち,磁気ディスク保護層上の潤滑剤層とヘッドの安定な接触,ヘッドの跳躍防止のためメニスカス形成を速度や温度,表面粗さ,潤滑剤組成など,ナノテクノロジを踏まえた面からの把握が必要不可欠である.
このような観点から、原子の寸法レベルの粗さを持つ雲母の表面の凝着力の測定装置を試作し実験手法を検証して,雲母面より表面エネルギーの高い水と低いシクロヘキサンのメニスカス形成を調べた.
水蒸気環境下では,雲母/水間のメニスカス架橋は相対湿度の増加と共に徐々に形成され,一方,雲母より表面エネルギーの低いシクロヘキサンでは,低い蒸気圧でメニスカス形成が行われ明確な興味深い差異が明らかになった.
図1 実験装置概略
直交して配置した二つの円筒面に2枚の雲母を固定 円筒1は平行板ばね(凝着力測定用)を介して2軸弾性ステージに固定 円筒2は平行板ばね(摩擦力測定用)を介してモータ駆動のマイクロステージに固定 試料の変位(接触方向および摩擦方向)は2軸弾性ステージで与える 平行板ばねのたわみは複数個の型変位計で測定 平行板ばねのばね定数は,凝着力測定用が1.27N/mm ,摩擦力測定用が0.50N/mm 変位計は静電容量型で静的分解能は凝着力測定用が1nm
図2 試料移動テーブル平面図
2軸弾性ステージはりん青銅板製中空箱型構造 中空部にピエゾアクチュエータを直交配置 試料表面の吸着物(主として水分子)を200 ℃加熱で除去
表1 Properties of Mica
表2 Properties of water and cyclohexane
図3 試料図および変位センサー配置図
マイクロステージで2試料を近接 Type Iの板ばねの試料を弾性ステージで‘Approach ’および‘Release ’ Type Iの平行板ばねの上、下端の変位測定
図4 実験生データ(左)および引き離し力の計算(右)
No.2 がばね上端,No.3 がばねの下端の測定値 ‘Jump ’で示す値が二面間の引き離し力(Pull Off Force )
図5 引き離し力に及ぼす相対蒸気圧の影響(水の場合)
0 %RH ではJKR 理論値と実験値とが一致 水の相対蒸気圧が20 %RH を越えると引離し力は徐々に増加 96 %RH でメニスカス架橋力の理論値と一致 水の場合は飽和蒸気圧近くになってやっと十分なメニスカスが形成される
(雲母表面に水膜を形成して表面エネルギーが高くなるため)
図6 引き離し力に及ぼす相対蒸気圧の影響(シクロヘキサンの場合)
シクロヘキサンの場合,雲母面がシクロヘキサン分子を捕捉して表面エネルギーが低下 このため,蒸気圧10 %程度でメニスカス架橋が形成
機械技術研究所 極限技術部
機械量子分子工学特別研究室長
加藤 孝久
機械研NEWS,2000,No.6より
1 .はじめに
機械技術の発展に伴って機械要素とくに情報機器の小型化は著しい1 ).小型機械要素を期待通りに作動させるにはさらに微小なスケールのしゅう動部を正しく理解し,設計することが重要である.機械要素のスケール[L ]を小さくすれば重力は[L3]に比例して小さくなるが,メニスカスカ(架橋負圧力)やファンデルワールスカなどのいわゆる表面力は表面積[L2]に比例して小さくなるため,スケールの微小化に伴って表面力の重要性が相対的に増す.さらに,スケールの微小化に伴い,表面うねりや表面粗さを小さくすること可能になって要素同士を近づけることが容易になるが,表面間距離[h ]の減少に伴って表面力が増加するため,表面力の重要性がますます増す.たとえば,ファンデルワールスカは[h−3]に,またメニスカスカは[h−1]に比例する2 ).
このような非常に滑らかな面の凝着についてはいくつか研究が行われて来ているが2,4,5 ),相対蒸気圧(相対蒸気圧(相対湿度)の影響6 )については十分な知見が得られているとはいい難い.相対蒸気圧の増加に伴って表面に吸着する液体分子の量は増加するが,増加のし方(表面の濡れ性)は固体表面および液体両者の表面エネルギーが関与してくる.したがって,例えば同じ相対蒸気圧下であっても異なった表面エネルギーの材料表面は濡れ方が異なり,このためトライボロジー特性も異なってくる.原子スケールの表面粗さの雲母表面を用いて表面エネルギーが雲母より高い水と低いシクロヘキサンの雰囲気下で凝着力測定実験を行ったところメニスカスの形成に両者で興味深い差が認められた.
なお,このような実験は十分コントロールされた雰囲気下で実験を行うことが必要であるため,環境チャンバを新たに製作し,再現性を確認しつつ実験を行った.
2 .実験について
固体表面の酸素分子,水分子,酸化物などさまざまな物質が吸着しているため,表面間力の測定はこれらを極力取り除かなくてはならない.ここでは環境チャンバを含む実験系を新たに製作し,湿度および温度を制御して実験を行った.実験に先立ち,中真空下(0.1Torr 程度)で固体表面を加熱して吸着物質の除去を行った.中真空としたのは,チャンバ内に水蒸気などのガスを繰り返し挿入しなくてはならないこと,また接近離反操作のための駆動系(モータ,移動テーブルなど)をチャンバ内に設置したためである7 ).
2 .1 .実験装置の概略
試験は,図1 に示すように直交して配置した二つの円筒面に固定した2 枚の雲母間に関して行った8,9 ).ひとつの円筒は平行板ばね(凝着力測定用)を介して2軸弾性ステージに固定し,もうひとつはやはり平行板ばね(摩擦力測定用)を介してモータ駆動のマイクロステージに固定してある.試料の変位(接触方向および摩擦方向)は2 軸弾性ステージによって与え,平行板ばねのたわみを複数個の型変位計で測定することによって2 面間に加わる力を測定する構造になっている.平行板ばねのばね定数は,凝着力測定用が1.27N/mm ,摩擦力測定用が0.50N/mm である.変位計は静電容量型で静的分解能は凝着力測定用が1nm である.2 軸弾性ステージを図2 に示すが,厚さ3mm のりん青銅板製で剛性を高めるために中空箱型構造とし,中空部に市販の2 つのピエゾアクチュエータを直交させて配置した.なお,棒型ヒータを試験前に試料間に挿入して200 ℃で加熱して試料表面の吸着物(主として水分子)を取り去った.
図1 実験装置概略
図2 試料移動テーブル平面図
2 .2 .実験で用いた試料
雲母を10 〜30 μm の厚さにへき開し,BK7 製の円筒レンズにシアノアクリレート樹脂により接着する.接着後の雲母表面の曲率半径は8.5mm で,雲母の特性についての詳細を表1 に示す.環境チャンバ内に導入する液体蒸気として水およびシクロヘキサンを用いた.これらはそれぞれ表面エネルギー(表面張力)が雲母より大きいものと小さいものである.表2 はこれらの物性である.
表1 Properties of Mica
表2 Properties of water and cyclohexane
2 .3 .実験の手順
試料を実験部に固定した後,真空モータを作動させながら,試料表面の付着物をヒーターで加熱除去する.200 ℃で5 分間加熱すればその後の実験結果が安定することがわかった.続いてチャンバ内に温度Ts の蒸気源から飽和蒸気を導入し,環境チャンバ内との温度差を利用してチャンバ内の相対蒸気圧を設定する.環境チャンバ内の温度をTc とすれば,相対蒸気圧は次式で設定できることを利用する.
%RH =P(TS)/P(TC)×100 (1 )
ただし,P(T)は温度T での飽和蒸気圧である.
加熱終了後,試料表面がチャンバ温度に下がるのを待って実験を開始する.凝着実験の方法は,マイクロステージによって2 試料を近接させた後,図3 に示す,‘Type I ’の板ばねにとりつけた試料を弾性ステージにて‘Approach ’および‘Release ’させる.そのときの‘Type I ’の平行板ばねの上端(弾性ステージと共に動く)および下端(凝着試験片と共に動く)の変位をそれぞれ変位計で計測してその差をとって板ばねの変位とする.この操作を図4 に示す.左図でNo.2 がばね上端,No.3 がばねの下端の測定値である.センサーNo.2 の結果が滑らかにつながるように補正し,それと同じ補正センサーNo.3 に加える.その結果が右図であり,図中‘Jump ’とある値が二面間の引き離し力(Pull Off Force )に相当する.
図3 試料図および変位センサー配置図
図4 実験生データ(左)および引き離し力の計算(右)
3 .実験結果と考察
図5 に実験結果の例を示す.水の相対蒸気圧を変化させて引き離し力を測定した結果である.初期押付け荷重0.5mN ,引き離し速度0.44 μm/s ,引離し前接触時間50s で行ったものである.図中の一点鎖線は,荷重が小さい場合に比較的柔らかい材料の凝着力をよく予測するといわれているJKR 理論10 )
Fad =3 πR γS (2 )
による見積もり値である.ただし,R =R1R2/(R1 +R2),γS は固体の表面エネルギーであり,雲母の場合γS =47.7mJ/m2である.一方,破線はラプラスのメニスカス架橋内の負圧に関する式から導かれた,2 球間メニスカス架橋力を表す式
Fm =4 πR γL (3 )
である11 ).ただし,γL は液体の表面張力である.図5よりわかるように,0 %RH ではJKR 理論値と実験値とがよく一致しているが,水の相対蒸気圧の増加と共に,20 %RH を越えると引離し力は徐々に高まり,50 %RH で一旦落ち着いた値をとったものの,相対蒸気圧が80 %を越えると引離し力は急激に増加し,96 %RH でメニスカス架橋力の理論値とよく一致する値をとる.このように水の場合には飽和蒸気圧近くになってやっと十分なメニスカスが形成されるがこれは雲母表面に水膜を形成することにより表面エネルギーが高くなってしまうためである.
これに対してシクロヘキサンを用いた場合には,雲母面がシクロヘキサン分子を捕捉することにより表面エネルギーは低下する.したがって,蒸気圧10 %程度でメニスカス架橋が形成されてしまう.
図5 引き離し力に及ぼす相対蒸気圧の影響(水の場合)
図6 引き離し力に及ぼす相対蒸気圧の影響(シクロヘキサンの場合)
4 .おわりに
原子スケールの粗さを持つ雲母面の凝着力測定の結果を報告した.まず,蒸気圧0 %の下(0.1Torr )では雲母表面の凝着力はJKR 予測値ときわめてよく一致した.このように実験と理論がよく一致するのは表面を加熱して清浄に保ち,また蒸気圧,温度を制御することがきわめて重要である.
続いて,凝着力測定を雲母面より表面エネルギーの高い水,および低いシクロヘキサンの環境下で行った.水蒸気環境下では,雲母/水間のメニスカス架橋は相対湿度の増加と共に徐々に形成される.一方,雲母より表面エネルギーの低いシクロヘキサンを用いた場合には,低湿度でメニスカス形成が行われることを示した.
参考文献
1 )小野京右他,記憶と記録,オーム社,1995.
2 )加藤孝久,超薄膜潤滑のモデル化のために(2 ),トライボロジスト42 ,8 (1997 )641.
3 )B.J.Briscoe &D.C.Evans,The shear properties of langmuir Blodgett layer,Proc.R.Soc.Lond., A380 (1982 )389.
4 )G.Luengo,J.I.Israelachvili &S.Granick, Generalized effects in confined fluids:new friciotion map for boundary lubrication,Wear, 200 8 (1996 )328.
5 )J.van Alsten &S.Granick,Tribology studied by atomically smooth surfaces.Tribology Trans.,33,3 (1990 )436.
6 )近沢正敏,中島渉,金沢孝文,吸着水にもとづく粉体粒子の付着力の発生機構,粉体工学研究会誌, 14 ,7 (1997 )18.
7 )熊谷寛夫,富永五郎,真空の物理と応用(物理学選書11 ),裳華房,第13 刷(1994 ).
8 )J.N.Israelachvili,Intermolecular and surface forces,2nd ed.Academic Press(1992).
9 )H.Matsuoka & T.Kato,An ultrathin liquid film lubrication theory Calculation method of solvation of solvation pressure and its application to the EHL Problem ,ASME,J. Tribology,119,1 (1997 )217.
10 )K.L.Johnson,K..Kendall & A.D.Roberts, Surface energy and the contact of elastic solids,Proc.R.Soc.Lond.,A324 (1971 )301.
11 )小野周,物理学 One Point (第9 刷),共立出版 (1990 ).
[発表者]
機械技術研究所 極限技術部
機械量子分子工学特別研究室長 加藤 孝久
Tel: 0298-61-7165
kato.t@mel.go.jp[連絡先]
機械技術研究所 統括研究調査官 千阪 文武
Tel: 0298-61-7034, Fax: 0298-61-7033
chisaka@mel.go.jp
戻る