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通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室


摩擦電子と摩擦フォトンのエネルギー計測

機械研NEWS,2000,No.9より

機械研 NEWS text file

機械技術研究所 生産システム部 変形工学研究室
中山 景次

<概  要>

  固体と固体の摩擦において帯電が発生し,摩擦面やその周囲にマイクロプラズマが生起して,電子,イオン,フォトンが放出され,これらのフォトンや電子により潤滑油膜の分解劣化が発生することが懸念される.

 通商産業省工業技術院機械技術研究所では,競争特研「ダイナミック表面ナノ計測技術の研究」において,摩擦電磁気現象の諸特性計測技術の開発を行っている.今回摩擦に伴って放出される電子のエネルギー計測システムとフォトンのエネルギー計測システムを構築し,それらのエネルギー分布の計測を可能にした.

 Al2O3のスクラッチ面から放出された摩擦電子のエネルギー分布は,200〜400eV付近に極大値を持ち,0eV900eV以上にわたる広範囲のエネルギーを持つ電子の放出が観測された.

 PMMA試料からは約30eV付近に最大値を持ち,1000eV程度までの高いエネルギーを持つ電子が放出され,摩擦回数の増加とともに高エネルギー領域の放出電子が減少することが観察された.

 n型Si(100)面から放出された電子のエネルギー分布は絶縁体の場合とは大きく異なり,はぼ0ev付近に最大値を持ち,60eV付近までエネルギーの増大につれて急激に減少し,100eV付近ではその強度は0に近い値となった.

 計測したフォトンのエネルギーは3〜4eVであり,分子の化学結合の強さに匹敵する.すなわち摩擦フォトンのエネルギーは光化学反応を引き起こすエネルギーに相当する.この摩擦フォトンと上述の高速摩擦電子により潤滑油の分解劣化が発生すると考えられる.

 

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図1 摩擦電子のエネルギー計測システム

  • 回転ディスクをダイヤモンドで摩擦,摩擦で放出される電子をセラトロン(二次電子倍増管)で検出
  • セラトロン出力を増幅後マルチチャンネルアナライザー(MCA)で計測
  • 回転ディスクはセラトロンに対し45度のこう配で配置,使用ダイヤモンドの先端半径R=300μm
  • 電子エネルギーはセラトロンの前面に配置した3枚グリッドによる阻止電位法で計測
  •  

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    図2 Al2O3から放出された摩擦電子のエネルギー分布     (FN=0.7N)

  • 200〜400eV付近に極大値を持ち,0eVから900eV以上にわたる広範囲のエネルギーを持つ
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    fig3.gif

    図3 PMMAから放出された摩擦電子のエネルギー分布(FN=0.35N)

  • 約30eV付近に最大値を持ち,1000eV程度までの高いエネルギー電子が放出
  • 摩擦回数の影響では,摩擦回数の増加とともに高エネルギー領域の放出電子が減少
  •  

    fig4.jpg

    図4 n型Si(100)面から放出された摩擦電子のエネルギー分布(FN=1.4N)

  • 絶縁体とは異なり,ほぼ0ev付近に最大値
  • 60eV付近までエネルギーの増大につれて急激に減少し,100eV付近ではほぼ0
  • 100eV以上のところにみられるものはノイズと考えられる
  •  

    fig5.jpg

    図5 摩擦フォトンのエネルギー計測システム

  • 室温下,大気中(湿度:約40%)にて先端半径100μmのダイヤモンドスタイラスで回転ディスクを摩擦
  • 摩擦面から放出されたフォトンを直径1mmの光ファイバーを通じて分光器に導入
  • 分光後,波長200nm〜1100nm感度の一次元マルチチャンネルBT−CCDで検出
  •  

    fig6.jpg

    図6 Si3N4から放出された摩擦フォトンのエネルギー分布

  • 実験条件,FN=1.1N,X=16.4cm/s
  • 放出光の大部分は300nm〜400nmの範囲の紫外光で,エネルギーは3〜4eVに対応
  • スペクトルは多数のピーク構造
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    図7 各種固体から放出された摩擦フォトンのエネルギー分布

  • 図中の縦線は窒素ガス中の放電スペクトルの電子励起エネルギー準位(C3Πu−B3Πg遷移,2nd positive band).
  • このエネルギー準位が本実験で得られた波長ピークと完全に一致する
  • このことから摩擦面やその近傍では窒素ガスの放電プラズマが発生していると結論づけられる
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    摩擦電子と摩擦フォトンのエネルギー計測

    機械技術研究所 生産システム部 変形工学研究室
    中山 景次
    TEL:0298−61−7068

     

    <概 要>

    機械研NEWS,2000,No.9より


     

     固体と固体の摩擦により帯電が発生し,摩擦面やその周囲にマイクロプラズマが生起して,電子,イオン,フォトンが放出される.これらの現象を総称して摩擦電磁気現象と呼ぶ.放出される電子(摩擦電子)やフォトン(摩擦フォトン)などの素粒子はそのエネルギーレベルによっては,周囲分子の励起を生じ,化学反応を発生させる.特にトライポロジー分野においては,潤滑油分子のトライボケミカル反応(摩擦面の化学反応)の機構が明らかになっておらず,これらの素粒子がトライボケミカル反応を引き起こすか否かを調べることは潤滑油の化学作用と分解劣化による寿命低下の両面から重要である.また,フォトン(電磁波)もそのエネルギーレベルによっては周囲に電磁的ノイズを発生させる.したがって,これらの素粒子のエネルギーを計測することは極めて重要である.

     生産システム部変形工学研究室においては,競争特研「ダイナミック表面ナノ計測技術の研究」において,摩擦電磁気現象の諸特性を計測する技術開発を行っている.本報告においては,摩擦に伴って放出される電子のエネルギー計測システムとフォトンのエネルギー計測システムを構築し,それらのエネルギー分布の計測を可能としたので,その結果を報告する.

     

     

    1 .電子エネルギー計測

     図1に摩擦電子計測装置の概要を示す.実験装置は真空チヤンバ内(真空度<5×104Pa)に置かれた回転ディスクをダイヤモンドで摩擦し,摩擦中に放出される電子をセラトロン(二次電子倍増管)で測定した.セラトロンの出力をプリアンプ,リニアアンプで増幅後,マルチチャンネルアナライザー(MCA)で計測した.回転ディスクはセラトロンに対し45度のこう配を持ち,使用したダイヤモンドは先端半径R=300μmのスタイラスを用いた.電子のエネルギーはセラトロンの前面に設置した3枚グリッドによる阻止電位法により計測した.摩擦部とグリッド先端との距離は10mmであり,グリッド後端とセラトロンとの距離は6mmである.また,3枚のグリッドのうち1枚目と3枚目はいずれも接地電圧とし,2枚日のグリッドに−1000Vから+250Vまでの阻止電位を12.5msの間に直線的に変化するようにパルス・ジェネレータおよびハイボルテージ・アンプにより印加することにより電子のエネルギーを計測した.信号の取得は2.6μs毎に行った.なお,グリッド(#100,透過率:64.5%)の材質はSUS304である.荷重は材質によりW=0.5から2N(試験片表面への垂直力:FN=0.35〜1.4N)の間で適宜選択して負荷した.ディスクの回転速度は1rps(7cm/s)であった.なお,ディスク試験片にはPMMA(抵抗率ρ>1019Ωcm,HV=78.9MPa),常圧焼結セラミックスAl2O3(ρ>1014Ωcm,HV=15.7GPa),ガラス(ρ=1=108Ωcm,HV=5.6GPa),Si(β=105ncm,HV=8.1GPa),Al(β=10-6Ωcm,HV=390MPa)を用いた.これらの試料表面は,高分子,ガラス,Siおよび金属については,#400のエメリペーパーで仕上げ,セラミックスについては,平均砥粒径70μmのダイヤモンドペーストを用いてラッピング仕上げし,蒸留水,エタノール,石油ベンジン,アセトンで超音波洗浄した.

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    図1 摩擦電子のエネルギー計測システム

     

     図2にAl2O3のスクラッチ面から放出された電子のエネルギーを計測した結果を示す.200〜400eV付近に極大値を持ち,0eVから900eV以上にわたる広範囲のエネルギーを持つ電子が放出されていることが分かる.

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    図2 Al2O3から放出された摩擦電子のエネルギー分布     (FN=0.7N)

     

     図3はPMMA試料から放出された電子のエネルギー分布である.この場合には,約30eV付近に最大値を持ち,1000eV程度までの高いエネルギーを持つ電子が放出されていることが分かる.摩擦回数の影響を調べたところ,摩擦回数の増加とともに,高エネルギー領域の放出電子が減少することが観察された.

    fig3.gif

    図3 PMMAから放出された摩擦電子のエネルギー分布(FN=0.35N)

     

     図4はn型Si(100)面から放出された電子のエネルギー分布である.絶縁体の場合とは大きく異なり,ほぼ0ev付近に最大値を持ち,60eV付近までエネルギーの増大につれて急激に減少し,100eV付近ではその強度は0に近い値となっている.100eV以上のところにみられるものはノイズと考えられる.

    fig4.jpg

    図4 n型Si(100)面から放出された摩擦電子のエネルギー分布(FN=1.4N)

     

     一方,金属については,Alなどについてスクラッチ中に放出される電子のエネルギーの計測を試みたが,放出される電子の数が少なすぎてエネルギー分布の計測はできなかった.その原因は金属からの電子放出は周囲分子と新生面との相互作用によりChemiemissionと呼ばれる電子放射が起こることが分かっており,本研究においては真空中での電子放出を計測したため金属からの電子放出が観察されなかったのである.このような相互作用による電子のエネルギーは当然弱く,1eV以下と考えられている.

     半導体や絶縁体においては,摩擦新生面で発生する帯電により生起された高電界により発生した電子が加速される.したがって,帯電しやすい,抵抗率の大きな絶縁体においては高いエネルギーの電子が観察される.半導体では帯電はするもののその強度は絶縁体よりも弱いため発生する電界強度も弱い.したがって放出電子のエネルギーは絶縁体よりは弱くなる.金属の場合には発生した電子を加速する電場が発生しないため,電子のエネルギーは弱い.したがって,放出される電子のエネルギーは抵抗率の大小関係により決まってきて,絶縁体>半導体>伝導体の順となる.これらの驚くほど高い電子のエネルギーは周囲の気体や潤滑油分子をイオン化するに十分以上であり,当然トライボケミカル反応を引き起こすはずである.また,先の研究で,電子の発生量は絶縁体>半導体>伝導体の順であることが分かっているので,摩擦電子によるトライボケミカル反応は絶縁体において重要であるといえる.

    2.摩擦フォトンのエネルギー計測

     図5にフォトンのエネルギー(またはスペクトル)計測装置を示す.室温下,大気中(湿度:約40%)にて先端半径が100μmのダイヤモンドスタイラスで回転ディスクを摩擦し,摩擦面から放出されたフォトンを直径1mmの光ファイバーを通じて分光器に導入し,分光された光を波長200nm〜1100nmまで感度のある一次元マルチチャンネルBT−CCDで検出した.CCDの露光時間は1秒間とし,100回の測定を加算してS/Nの高いスペクトルを得た.分光装置全体の波長分解能は1nm以下である.スタイラスは回転中心から9mmの位置にある.スタイラスに加える荷重は0.1N〜1.1Nの範囲に変化させ,摩擦速度2.42cm/s〜16.4cm/sの下で摩擦した.使用したディスクは電子のエネルギーを計測したものと同じものである.

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    図5 摩擦フォトンのエネルギー計測システム

     

     図6にSi3N4の摩擦面から放出された発光スペクトルを示す.実験条件はFN=1.1N,X=16.4cm/sである.この図より放出された光の大部分は300nm〜400nmの範囲の紫外光であることが分かる.この紫外光のエネルギーは3〜4eVに対応する.また,スペクトルは多数のピーク構造を成していることが分かる.X<16.4cm/sの低速度,FN<1.1Nの低荷重の条件でも,発光強度は低下するが,スペクトルの形,つまり全ピークの高さの比はほとんど同じであることを確認した.可視光の連続スペクトルや近赤外線の連続スペクトルは紫外線に比べて極めて弱く,観測されなかった.このことは,本実験の低速度,低荷重条件では,表面温度の上昇はほとんど起こっていないことを示している.

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    図6 Si3N4から放出された摩擦フォトンのエネルギー分布

     

     そこで次に強い紫外線領域の光に着目し,スペクトルの形状と固体種の関係を詳細に調べた.図7にSi3N4,Al2O3,ZrO2,ガラスの摩擦面からの発光スペクトルを示す.図7にみられるようにスペクトルの形,つまりピークの相対比は固体に依存しないことが分かる.図7の複数の縦線は窒素ガス中の放電スペクトル測定で得られた窒素分子の複数の電子励起エネルギー準位(C3Πu−B3Πg遷移,2nd positive band)を表している.このエネルギー準位が本実験で得られた波長のピークと完全に一致することが分かる.N2 2nd positive bandは窒素ガス中放電プラズマで容易に観測されることが知られている.したがって,摩擦面やその近傍では窒素ガスの放電プラズマが発生していると結論づけられる.この際,フォトン放出が起こる前に,まず励起N2分子が生成する必要がある.C3ΠuというレベルにN2内部電子が励起されるためには,最低11eVものエネルギーを必要とする.一方,上述したように,絶縁体の摩擦面からは数十eVのみならず,数百eVもの高エネルギーの電子が放出されている.この高速電子が大気中のN2分子を励起・イオン化しながらエネルギーを損失し,結果的に放電プラズマが発生する.この際発生した励起N2が脱励起し,基底状態に落ちる時にフォトンを放出すると結論づけられる.また,固体種によらず,スペクトルの形が同じであるということは,発生したマイクロプラズマの温度が同じであることを示しており,プラズマ発生メカニズムはほぼ同じであることを示唆している.別の実験でO2中では光の放出は観察されなかったので,空気中の摩擦発光はN2によるものであると結論づけられる.

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    図7 各種固体から放出された摩擦フォトンのエネルギー分布

     

     一方,計測したフォトンのエネルギーは3〜4eVであり,分子の化学結合の強さに匹敵する.すなわち摩擦フォトンのエネルギーは光化学反応を引き起こすエネルギーに相当する.この摩擦フォトンと上述の高速摩擦電子により潤滑油の分解劣化が発生すると考えられる.本研究においては,さらに,これらの摩擦電子と摩擦フォトンによる潤滑油の分解劣化を調べていく計画である.

     

     

    [発表者]

    機械技術研究所 生産システム部 変形工学研究室
             中山 景次
             TEL:0298−61−7068
             

    [連絡先]

    機械技術研究所 統括研究調査官 千阪 文武
             Tel: 0298-61-7034, Fax: 0298-61-7033
             chisaka@mel.go.jp

     


     

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