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通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室
機械研NEWS,2000,No.9より
機械技術研究所 基礎技術部 トライボロジー研究室
日比 裕子
<概 要>
機械の運転時の省エネルギーのため,粘性抵抗の少ない低粘度流体による潤滑システムの構築を目指している.粘度の低い流体は,粘性抵抗が少なく,運転の際に費やされるエネルギーが少なくて済む.そのため低粘度流体で潤滑するシステムができれば省エネルギーに貢献できると期待される.しかし,一方で低粘度流体は摩擦面に十分な潤滑膜を形成できないため,潤滑性に乏しい.このことが低粘度流体潤滑の実現を困難にしている.
基礎技術部トライボロジー研究室では,材料と流体との摩擦化学反応で摩擦面に潤滑性膜を形成させることにより,潤滑性に乏しい流体においても良好な摩擦・摩耗特性が得られることを見出した.
Si3N4−TiN−Ti複合材料はエタノールと摩擦化学反応を起こすことによって潤滑性膜を形成した.この膜の作用により,低粘度のエタノール中であってもSi3N4−TiN−Ti複合材料は低摩擦・低摩耗を示した.摩擦面での金属アルコキシドの生成を利用した摩擦・摩耗低減方法は金属アルコキシドがゲル化を起こすAlやZrなどの金属についても応用できると考えられる.
図1 摩擦化学反応による低摩擦・低摩耗化の概念
材料と流体との摩擦化学反応で摩擦面に潤滑性膜を形成させる 低粘性の潤滑性に乏しい流体においても良好な摩擦・摩耗特性が得られる
表1 摩擦化学反応による低摩擦・低摩耗化の概念
図2 SPS焼結体の摩擦係数
Ti含有量の異なるSPS焼結体の摩擦係数
乾燥摩擦とエタノール中での摩擦の比較
(Ti含有量100%=Ti金属,Ti含有量0%=Si3N4セラミック)
図3 Si3N4ボールとSPS焼結体ディスクの比摩耗量
(a)乾燥摩擦 (b)エタノール中
Si3N4ボールの比摩耗量は乾燥摩擦に比べてエタノール中では1/60〜1/105に低減 ディスクの比摩耗量(エタノール中) Ti金属 > Si3N4セラミック > 複合材料
図4 乾燥摩擦した70%丁材の摩耗痕
(a)電子顕徹鏡写真 (b)元素分布図
カラー(元素分布)図
上段 Ti量(左), Si量(右)
下段 N量(左), O量(右)
赤(多量)→ 濃青(少量)
図5 エタノール中で摩擦した70%丁材の摩耗痕
(a)電子顕徹鏡写真 (b)元素分布図
カラー(元素分布)図
上段 Ti量(左), Si量(右)
下段 N量(左), O量(右)
赤(多量)→ 濃青(少量)
機械技術研究所 基礎技術部 トライボロジー研究室
日比 裕子
TEL:0298−61−7197
機械研NEWS,2000,No.9より
機械の運転時の省エネルギーのため,粘性抵抗の少ない低粘度流体による潤滑システムの構築を目指している.粘度の低い流体は,粘性抵抗が少なく,運転の際に費やされるエネルギーが少なくて済む.そのため低粘度流体で潤滑するシステムができれば省エネルギーに貢献できると期待される.しかし,一方で低粘度流体は摩擦面に十分な潤滑膜を形成できないため,潤滑性に乏しい.このことが低粘度流体潤滑の実現を困難にしている.基礎技術部トライボロジー研究室では,材料と流体との摩擦化学反応で摩擦面に潤滑性膜を形成させることにより,潤滑性に乏しい流体においても良好な摩擦・摩耗特性が得られることを見出したので報告する.図1に摩擦化学反応による低摩擦・低摩耗化の概念を示した.
図1 摩擦化学反応による低摩擦・低摩耗化の概念
これまでの研究で低級アルコールは1〜3mPa・sという低い粘度の流体であるにも関わらず,Si3N4を摩擦した際に,式(1)のようにアルコールとSi3N4との反応でシリコンアルコキシドを経てポリオキシシランを形成するため,良好な潤滑性を示すことが明らかとなった1〜3).
O2/ROH Si3N4 → Si(OR)n(OH)4-n
アルコキシシラン→ −(O-Si(OR)n(OH)2-n−O)m− (1)
ポリオキシシラン(潤滑性膜)
このことから類推して,アルコールと反応して金属アルコキシドを形成するTiもアルコール中で低摩擦・低摩耗を示すのではないかと考えた.そこで,Tiの高靭性とSi3N4の耐摩耗性の両方を兼ね備えた複合材料を作製し,エタノール中でのトライボマテリアルとしての適応性を評価した.
Si3N4,TiN,Ti粉末を種々の混合比で混合し,混合粉末を放電プラズマ焼結法(SPS)にて圧力64 MPa,温度1300℃〜1500℃の条件でディスクの形状に焼結した.また,比較のため金属Ti及びSi3N4 セラミック(Si3N4−Y2O3−Al2O3,組成:90−5−5wt.%)についてもSPSで焼結した.作製したSPS焼結体の組成及び物性は表1に示した.
表1 摩擦化学反応による低摩擦・低摩耗化の概念
SPS焼結体はボールオンディスク型の回転型摩擦試験機を用いてSi3N4(焼結助剤:Al2O3−Y2O3)ボールを相手に,荷重0.49N,速度40mm/sで無水エタノール中で2時間摩擦した.無水エタノールの粘度は1.0mPa・sであった.また比較のため同条件で乾燥摩擦試験を行った.
図2に種々のTi含有量のSPS焼結体の摩擦係数を示した.グラフの横軸はSPS焼結体のTi含有量を表す.Ti含有量とSPS焼結体との対応は表1に示した通りである.すべての試験片において乾燥摩擦での摩擦係数は0.72〜0.87と高かった.これに対してエタノール中での摩擦係数は0.14〜0.30と低く,特に複合材料においては0.14〜0.15と低摩擦であった.
図2 SPS焼結体の摩擦係数
図3(a)に乾燥摩擦でのSi3N4ボールとSPS焼結体ディスクの比摩耗量を,図3(b)にエタノール中での比摩耗量を示した.図3(b)の横軸のスケールは図3(a)の1/10になっている.乾燥摩擦,エタノール中ともSi3N4ディスクと摩擦したSi3N4ボールの比摩耗量は複合材料と摩擦した場合よりも大きかった.複合材料と摩擦したSi3N4ボールの乾燥摩擦での比摩耗量は1.0×10-5〜2.6×10-5mm3/Nmで,エタノール中での比摩耗量は1.1×10-7〜2.6×10-7mm3/Nmであった.Si3N4ボールの比摩耗量は乾燥摩擦に比べてエタノール中では1/60〜1/105に低減した.乾燥摩擦でのディスクの比摩耗量はTiが最も大きく,次いでSi3N4で,複合材料が最も小さかった.中でも70%Ti材と80%Ti材では摩耗量は少なく測定不能であった.エタノール中で摩擦した場合のディスクの比摩耗量はTi金属>>Si3N4セラミック>>複合材料の順で,特に複合材料の摩耗量は少なく,測定不能であった.
図3 Si3N4ボールとSPS焼結体ディスクの比摩耗量
(a)乾燥摩擦 (b)エタノール中
次に電子顕微鏡(SEM)及び波長分散型微少元素分析装置(EPMA)にてSi3N4−TiN−Ti複合材料の摩耗痕の分析を行った.図4及び図5に70%Ti材の摩耗痕のSEM写真及びEPMAによる元素分布図を示した.図4(a)に示されたように乾燥摩擦の摩耗痕では塑性流動が起き,表面が荒れていた.EPMA分析より摩耗痕内では摩耗痕外に比べてTiが減少し,SiとOが非常に増加したことが示された(図4(b)).また,相手のSi3N4ボールにはTiが凝着していた.乾燥摩擦ではディスクのTi成分が選択的にSi3N4ボールに凝着したため,ディスク摩耗痕にはSi3N4が残り,酸化されてSiO2を形成したのであろうと考えている.このように,乾燥摩擦では凝着が起きて摩擦界面でのせん断強さが強いため高摩擦になったと思われる.一方,エタノール中での摩耗痕は図5(a)に見られるように平滑であった.また,図5(b)に見られるように一部酸化をうけているが,摩耗痕内外で組成はほぼ同じであった.このようにエタノール中では複合材料ディスクの摩耗損傷はほとんどなかった.また,エタノール中でのSi3N4ボール摩耗痕には1μm以下のTiを含んだ細かい粒子がまばらに付着している程度であり,乾燥摩擦時のような凝着は観察されなかった.
図4 乾燥摩擦した70%丁材の摩耗痕
(a)電子顕徹鏡写真 (b)元素分布図
図5 エタノール中で摩擦した70%丁材の摩耗痕
(a)電子顕徹鏡写真 (b)元素分布図
エタノール中でSi3N4−TiN−Ti複合材料が低摩擦・低摩耗を示した理由は以下のように考察した.材料の最表面ではSi3N4,TiN,Tiは大気中の酸素と反応を起こして酸化物を生成する.これらの酸化物はアルコールと反応して金属アルコキシドを生成する.これらの金属アルコキシドが縮合してゲル状のポリオキシシランやポリオキシチタンの生成物を摩擦面に形成する.このゲル状化合物が摩擦面を保護し荷重を負荷するため,高摩擦の原因となる凝着が防がれ,低摩擦になり,さらに固体接触を防いで摩耗損傷から材料を守るため低摩耗になったものと考えている.
以上のように,Si3N4−TiN−Ti複合材料はエタノールと摩擦化学反応を起こすことによって潤滑性膜を形成した.この膜の作用により,低粘度のエタノール中であってもSi3N4−TiN−Ti複合材料は低摩擦・低摩耗を示した.摩擦面での金属アルコキシドの生成を利用した摩擦・摩耗低減方法は金属アルコキシドがゲル化を起こすAlやZrなどの金属についても応用できると考えられる.
参考文献
1) Y. Hibi and Y. Enomoto, Tribochemical wear of silicon nitride in water, n-alcohols and their mixture, Wear 133 (1989) 133.
2) Y. Hibi and Y. Enomoto, Chemical analyses of mechanochemical reaction product of α-Si3N4 in ethanol and other lower alcohols, J. Mater. Sci. Lett., 16 (1997) 316.
3) Y. Hibi and Y. Enomoto, Mechanochemical reaction and relationship to tribological response of silicon nitride in n-alcohol, Wear, 231 (1999) 185.
[発表者]
機械技術研究所 基礎技術部 トライボロジー研究室
日比 裕子
TEL:0298−61−7197
[連絡先]
機械技術研究所 統括研究調査官 千阪 文武
Tel: 0298-61-7034, Fax: 0298-61-7033
chisaka@mel.go.jp
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