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通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室
機械技術研究所 基礎技術部長
山田 幸生
TEL :0298 −61 −7065
機械研NEWS,2000,No.11より
1 .はじめに
生体組織を光によって診断する技術が発展している.当所の医療福祉メカトロニクス特別研究室では,生体組織に対する透過性の高い近赤外光を用いて生体組織の生理学的情報,特に血液の酸素化度や組織内血液量の定量的な情報を得るための研究開発を実施している.血液の酸素化度は,酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの近赤外光域における吸収スペクトルから算出される.しかし,生体組織は近赤外光を非常に強く散乱し,散乱の強さは吸収の強さに比べれば一桁以上大きい.そのため,生体組織中にある血液の吸収スペクトルは強く歪められ,純粋な吸収スペクトルを測定することは容易ではない.散乱によって歪められたスペクトルから純粋な吸収スペクトルを求めることは散乱吸収体中の光の伝播現象を理解し,その解析を通して行わねばならない.当研究室では,これまでに生体内光伝播の基礎研究からそれを応用した生体の光による画像化までを研究しており,いくつかの興味ある成果を得ているので以下に紹介し,今後の生体医用光学の展望を述べる.
2 .生体内光伝播現象に関する基礎研究
生体組織による光の散乱現象は,一様媒体中に分散した粒子群による光の散乱とは少し異なり,図1 のように細胞膜による光の屈折や反射,細胞内微小器官(ミトコンドリアや細胞核など)による散乱などが複雑に重なった結果として現れる.ミクロな現象の詳細な研究も課題ではあるが,マクロに現象を捉えてモデル化することによって観測される結果を説明することは実用面から考えても重要である.マクロに見ると,生体組織による光の散乱パターンは強い前方散乱を示すが,それが繰り返されると散乱パターンは等方散乱的に観察される.
図1 単一粒子と生体細胞による光散乱現象の差違
生体内における近赤外光の散乱現象は確率論的手法あるいは決定論的手法で記述される(1 ).モンテカルロ法は代表的な確率論的手法であり,光をエネルギー粒子と考え,強い前方散乱パターンを模擬して各粒子の散乱毎の経路を忠実に辿り,統計的に意味のある結果を得る.一方,決定論的手法は,光の輸送方程式を最も基礎の方程式としている.しかし,これは偏微分積分方程式であるため,解くことが容易ではなく近似によって偏微分方程式である光拡散方程式(2 )とすることがよく行われる.ただし,光拡散方程式は散乱パターンが等方散乱となる領域で成立する.
図2 はヒトの頭部を模擬した半球を対象として,有限要素法により光拡散方程式を解いて極短パルス光の伝播の様子を描いた結果(3 )である.半球モデルは皮膚,頭蓋骨,脳の灰白質と白質の4 層になっており,それぞれの層が異なる光学特性値を持っている.図2 (a )は有限要素のメッシュ,(b )はパルス光伝播の様子,(c )は光の入射点と90 °離れた検出点で検出された光がどの経路を辿ってきたかを確率分布として表わしたもので,いわゆるバナナ状となっている.これが光伝播の特徴である.また,散乱のない脳脊髄液層のチャネリング効果も画像として明らかにした(4 ).
図2 半球モデル内のパルス光伝播解析結果
3 .生体組織の光学特性値測定
散乱が強い生体組織の光学特性を正しく測定することは容易ではない.当所では積分球による散乱反射光と散乱透過光強度の測定結果から逆モンテカルロ法により光学特性値を求める手法を確立し,各種の生体組織について光学特性値を測定した(5 ).また,もう一つの手法として,ピコ秒のパルス光を生きた生体に照射し,その散乱反射光を時間分解計測し,その時間分解波形を光拡散方程式に当てはめることにより光学特性を求めた.特に,脳組織の光学特性を生きた状態で測定することに成功し,貴重なデータを得ることができた(6 ).
4 .光学ファントムの作製
生体を生きた状態で繰り返し計測することは困難であるため,生体の各種組織に似た光学特性を持つ光学ファントム(模擬試料)が必要である.当所では,単純な形状の光学ファントムから,ヒト頭部を模擬した複雑形状の光学ファントムまで多くの種類のファントムの作製技術を確立した(7 ).ファントムの基盤材料はエポキシなどの樹脂で,散乱特性を付与するために酸化チタンの微粒子を,吸収特性を付与するために近赤外光域に吸収を持つインクなどの染料を加えた.円柱状の単純形状ファントムの作製は容易であるが,ヒト頭部の場合には,複雑であり以下に説明する.
ヒト頭部のMRI 画像を基礎とし,まず,MRI 画像から頭皮,頭蓋骨,脳脊髄液,脳の灰白質と白質の計5層の組織を判別する.次にそれぞれの形状データを光造形装置に送り,光造形技術を用いて各層の形状を持つ原型を作製する.原型の光学特性は実際のものとは異なるので,原型からシリコーンゴムを用いて各層形状の雌型を作製する.その後,白質の光学特性を持つエポキシ樹脂を白質の雌型に注入して固化すれば白質の光学ファントムが完成する.白質のファントムをその上の層である灰白質の雌型にはめ込み,間隙に灰白質の光学特性を持つエポキシ樹脂を流し込むことにより白質の上に灰白質が重なった光学ファントムが完成する.このような操作を繰り返すことにより,白質・灰白質・脳脊髄液・頭蓋骨・頭皮の5 層構造を持ち,ヒト頭部形状を忠実に模擬した図3 のような光学ファントムが完成する.頭部内の障害等を模擬するために,外部につながるチューブを有する空間を持つファントムも作製した.これらの光学ファントムは光を用いた生体イメージングの研究に用いることができる.
図3 ヒト頭部モデルの光学ファントム
(左)白質ファントム(右)5 層構造ファントムのカットモデル
5 .近赤外光を用いた生体イメージング
5- 1 .光マッピング
1 対の照射および受光ファイバーを体表面に設置して得られるデータからは,照射点と受光点の間の平均的な血液状態の情報が得られる.多くの照射・受光ファイバー対を2 次元に配置し,各対で得られるデータを2 次元画像として表わす手法が光マッピングである.ピコ秒の時間分解能を持つ多チャンネル光イメージングシステムを用いて得られた脳活動に関するマッピング画像の例が図4 である.左側頭部に9 対のファイバーを配置し,右手指をタッピングしたときの光マッピング画像を脳のMRI 画像に貼り付けたものであり,体の右側の運動を司る左側頭部の運動野が活性化したことが酸化ヘモグロビン濃度の定量的画像として描かれている.
図4 光マッピングによる脳活動の画像化
5- 2 .光CT (光断層イメージング)
10cm 程度の大きさの組織を対象として光による断層像を描き出そうと言うのが光CT である.いわゆるCT(Computed Tomography)はX 線CT で開発された技術である.X 線が生体内で直進することと,あらゆる方向の測定値があれば断層像を再構成できること,がX 線CT の原理となっている.ところが,光は生体内で強く散乱されて直進しない.従って,X 線CT で確立された画像再構成アルゴリズムをそのまま用いても必ずしも正しい画像は得られない.
この問題を解決するため,当所では逆問題手法を用いたアルゴリズムを開発(8 ,9 )した.この手法では,対象物内の光伝播をモデル化し,求めようとする特性値分布を仮定して,モデルを用いて解いた計算結果が実測値を再現する場合に,仮定した特性値分布を解の画像とする.逆問題は一般に未知数が独立な測定データの数よりも多く,そのためうまく収束しなかったり,間違った解(局所解)に陥い易いという問題を本質的に内包している.しかし,先に述べた生体内光伝播に関する研究と,逆問題に関する研究の進展により,各種の手法を駆使して直径が10cm 程度の対象にして,2 次元および3 次元の光CT 画像が得られ始めている.
逆問題手法を用いた光CT のアルゴリズムの基本的な考え方は,光経路確率分布を重みとして測定値を逆投影することである.X 線CT の場合には経路確率分布は入射点と検出点を結ぶ直線であり,この直線上に検出値を逆投影する.光CT の場合には3 次元的に広がった分布に重みを付けて逆投影する.従って,経路確率分布を求めることが極めて重要である.しかし,これだけでは間違った解に陥ったり,雑音の影響が大きかったりする可能性があり,その場合には他の情報を利用することが考えられる.このような逆問題手法により,模擬試料を用いた実験データから得られた再構成画像の例が図5(8 )である.今後,アルゴリズムが益々発展し,より複雑な3 次元形状の試料や動物,そして実際にヒトを用いて光CT の画像が得られることは確実である.
図5 円柱ファントムの光CT 画像
6 .生体医用光学の展望
近年の光工学,レーザ工学,計算工学などの発展により,光を用いた生体診断や治療技術が急速な展開を見せている.特に,光CT を中心とする近赤外光を用いた画像診断技術は生体の無侵襲診断技術に新しいパラダイムをもたらした.光CT の研究開発を通して,生体内の光伝播現象の解明や生体の光学特性に関するデータ収集が進み,それらの知識や経験は新しい生体医用光学技術の研究開発に生かされようとしている.それらは皮膚の治療における色彩の問題,外科手術中における組織の生理状態モニタリング,レーザ治療における治療効果の推定,患者を拘束しない脳機能のリアルタイム画像化,運動中の筋肉の生理状態画像モニタリング,血糖値の光による無侵襲モニタリング,血管内皮の生きた状態での断層像など,非常に広い範囲で新しい技術が開発されるものと考えられる.
参考文献
1 )山田,高橋,機械技術研究所所報,Vol.49,No.1,p.1 (1995 年).
2 )K.Furutsu and Y.Yamada,Phys.Rev.E,Vol.50,p.3634 (1994).
3 )S.Takahashi,et al.SPIE Proc.,Vol.2979,p.250(1997).
4 )S.Takahashi and Y.Yamada,OSA TOPS,Vol.21,p.2 (1998).
5 )水野祥,他,日本機械学会論文集,C 編,Vol.63,p.889 (1997 年).
6 )A.Sassaroli,et al.,Opt.Rev.,vol.7 .p.420(2000)
7 )Y.Tanikawa,et al.,JSME Int.J.,Ser.C,Vol.42,p.487(1999).
8 )I.W.Kwee,他,日本機械学会論文集,A 編,Vol.65,p.982 (1999 年).
9 )F.Gao,et al.,Appl.Opt.,(in print).
[発表者]
機械技術研究所 基礎技術部長 山田 幸生
TEL :0298 −61 −7065
[連絡先]
機械技術研究所 統括研究調査官 千阪 文武
Tel: 0298-61-7034, Fax: 0298-61-7033
chisaka@mel.go.jp
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