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通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室
黄信号時のドライバ挙動
−そのばらつきの定量化−
機械研NEWS 1999 No.6より
機械研NEWS,1999,No.6 PDF file(326kb)
道路で車を運転している各ドライバの挙動はたとえ同じ現象に遭遇してもそれぞれ異なり,ドライバが他のドライバの挙動を予測することは一般には困難である.交通事故や渋滞を引き起こす一つの原因はこのような予測の困難さに起因すると考えられている.信号交差点で観測されるドライバ挙動のばらつきの一つに黄信号に遭遇したとき,通過するドライバもいれば停止するドライバもいる現象がある.このばらつきから,右折車線に接近したドライバは右折が可能かあるいは停止すべきか判断するのが難しく,判断を誤ると事故や渋滞を引き起こしかねない.物理情報部知識工学研究室では,これまでマシンビジョンに基づく計測装置1)を横浜市とつくば市に長期間にわたって設置し,ドライバの挙動を計測してきた.ここでは,計測データに基づき,エントロピの概念を用いたドライバ挙動のばらつきの定量化に関する研究を紹介する.
交差点近くの高さ約6mに開発したジレンマ現象計測装置を設置し,交差点に流入する全車両の挙動あるいはドライバの挙動を昼夜連続してリアルタイムで計測する.計測項目は交差点流入部約100mの区間に存在する各車両の1秒ごとの位置と速度,各車両の追跡によって得る通過・停止の区別,および信号表示である.写真1は車両計測の画像処理過程の一例を示している.計測は交通流の正面から行い,走行中の複数の車両とそれに対応する検出状態がヒストグラムで表されている.装置は同時に最大16台の走行車両が検出可能であり,交通信号を同一画面に撮像するように設置され,時々刻々変動する車両の追跡値を処理画面上に表示できる.
黄信号開始時点における車両の測定データを位置(横軸,単位はm,車両の位置は停止線からの距離で表す)と速度(縦軸,単位はkm/h)の2次元平面上にプロットすると図1のようになる.図中の白丸は交差点を通過する車両を示している.
この図から,黄信号時間帯に流入路上の同じ位置を同じ速度で接近しても,交差点を通過する車両(通過車両)もあれば,交差点手前で停止する車両(停止車両)もあることが判定できる.さらに交差点に近い地点を高い速度で走行していても停止するドライバもいれば,逆に遠い地点を低い速度で走行していて通過するドライバもいる.このように通過車両と停止車両が混在する領域を混在領域と呼ぶ.
ばらつきを解析するために,まず各秒ごとの測定データを通過車両群と停止車両群とに分類し,それぞれの位置と速度に関する2次元分布関数を求める.まず,測定データから求めた平均と共分散をもつ2次元正規分布を仮定する.つぎに測定データのその分布への適合度を検定し,検定の結果が棄却されなければその分布を採用するすることにする.
図1に示した測定データから上述した手順で2次元正規分布を求め,検定を行うと,測定データはいずれも仮定した2次元正規分布に従うことが分かった.以下では全車両群,通過車両群,停止車両群ともに2次元正規分布に従うものとして論を進める.
通過車両群と停止車両群の位置と速度のそれぞれの分布が重なる領域が,通過するドライバと停止するドライバの混在する領域である.この領域がドライバの挙動がもっともばらついている領域である.
次にこの混在領域の性質を統計的に検討する.通過車両群,停止車両群それぞれの位置と速度の平均値を中心として全データのうちの7割が含まれる領域を,1次元正規分布の標準偏差内の領域にほぼ相当することから適当と考えて,混在領域として抽出する.
図1の図中の折線と点線は,通過車両群と停止車両群を抽出した結果であり,二つの分布の重なった部分が混在領域である.
この混在領域のばらつきの定量化を行う.一般にドライバまたは車両の挙動は,速度,車間距離などの数値的な挙動と,車線変更,右左折,黄信号表示の通過停止などの非数値的な挙動に分けられる.標準偏差を用いると,数値的な挙動のばらつきは定義することができるが,非数値的な挙動のばらつきは定義することができない.ここでは,ドライバの挙動のばらつきをエントロピで定量化することを試みる2),3).エントロピを用いると,数値的な挙動と非数値的な挙動の両方のばらつきを定義することが可能となる.
エントロピによる定量化のもう一つの特長は,標準偏差を用いたときとは異なって,ばらつきが正規化できることである.このことは異なった母集団のバラメタのばらつきを比較するときに有用である.本文ではエントロピを用いてばらつきを定量化することを提案するが,これは情報理論の分野で使用されている定義をそのまま用い,危険度=エントロピと定義し,危険の程度を速度や通過停止のばらつきの度合で示すこととした.エントロピの最大値は1であってそれはばらつきが最大であることを意味し,最小値は0であってばらつきが全くないことを意味する.
信号交差点で黄信号に遭遇した場合の車両挙動のばらつきを,交差点における通過または停止のばらつきと車両の速度のばらつきとに分類し,この2点についてエントロピを求める.エントロピ H(E)は
H(E)=−Σki=1 p(Ei)log kp(Ei)・・・・・・・・・・(1)
で定義される.
(1)通過と停止のばらつき
混在領域内に存在する車両を通過車両と停止車両とに分類する.それぞれの車両の台数からエントロピを計算する.エントロピH(E)は,全車両に対する通過車両の割合をp(Ei),kを2として,(1)式から求める.
(2)速度のばらつき
青信号表示間における車両の速度の平均と標準偏差は交差点固有の値であるとみなし,これらのデータに基づいて車両の速度の量子化を行う.ここでは正規分布に従って−3σから+3σまでを8つの領域に分け各領域の確率をp(Ei),kを8として,(1)式からエントロピを計算する.
今回は横浜市網島区北交差点(a)とつくば市並木北交差点(b)の信号切替時前後の動きを比較した.(a)は片側1車線の産業道路で規制速度は 40km/h,黄信号時間は3秒である.(b)は片側2車線の通勤道路で規制速度は 60km/h,黄信号は同様に3秒間である.図2の上図は未明の時間帯(0〜7時),下図は昼間の時間帯(7〜19時)の結果であり,青信号最後の1秒から黄信号2秒後までにおける,混在領域内の通過・停止のエントロピ(横軸)と速度のエントロピ(縦軸)の1秒間隔の時間変化を示す.位置と速度の計測精度は位置が遠方であるほど低いために青信号最後のデータには測定誤差が多い.
現在までの考察から以下のような結果を得た.
1)エントロピの大きさと道路交通の危険の大きさに正の相関があると仮定すれば,昼夜に関係なく,通過・停止の判断差のばらつきによる危険度は,速度のばらつきによる危険度より大きい.
2)通過・停止のばらつきは時間の経過に従って,夜間の時間帯は小さくなり,昼間の時間帯は大きくなる傾向にある.これは夜間のドライバは通過と停止が分離しやすいことを示している.
3)しかしながら,これまでのデータ解析では2種類のエントロピの時間変動間の相関は明確ではない.
エントロピの概念を使用すると,従来の手法では困難であったドライバのばらつきが定量的に解析できる可能性のあることを示した.しかしながら,エントロピと,道路交通の安全性や効率性との関連は未だ明確ではない.これについての解析は今後の課題である.また,位置−速度の分布の周辺に散在する例外的な少数のドライバは,他の多数の車両挙動と大きく異なるために危険な状況にある可能性があるが,これもまた今後の課題である.
(文責:重田 清子)
[参考文献]
1)重田ほか,“マシンビジョンを用いたジレンマ現象計測システムの構築”,機械技術研究所報 Vol.49.No.2,pp.63−72(1995)
2)津川ほか,“車群内の車両走行特性のばらつきの定量化”,電気学会道路交通研究会,論文番号 RTA−95−29,1995年12月4日
3)重田ほか,“黄信号時のドライバ挙動のばらつきとその定量化”,計測自動制御学会論文集 Vol.34,No.8,pp.1112−1118(1998)
添付図、写真の説明
写真1 自動車交通流とその検出結果(図右端は検出した車両のヒストグラムを示す)
図1 通過した車両と停止した車両の位置と速度の分布
図2 通過・停止のエン卜ロピと速度のエントロピ
交差点における黄信号時のドライバ挙動の定量的解析
=ドライバ挙動のばらつきの定量化=
通商産業省 工業技術院 機械技術研究所は、マシンビジョンに基づく計測装置を「横浜市」と「つくば市」に長期間にわたって設置しドライバの挙動を計測してきた.この計測データに基づき,エントロピの概念を用いたドライバ挙動のばらつきの定量化を試みた結果,従来の手法では困難であった「ドライバ挙動のばらつき」を定量的に解析することに成功した.
[結 果]
1)エントロピの大きさと道路交通の危険の大きさに正の相関があると仮定すれば,昼夜に関係なく,通過・停止の判断差のばらつきによる危険度は,速度のばらつきによる危険度より大きい.
2)通過・停止のばらつきは時間の経過に従って,夜間の時間帯は小さくなり,昼間の時間帯は大きくなる傾向にあり,夜間のドライバは通過と停止が分離しやすい.
3)しかしながら,これまでのデータ解析からは2種類のエントロピの時間変動間の相関は明確ではない.
以上のように、エントロピの概念を使用すると,従来の手法では困難であったドライバのばらつきが定量的に解析できる可能性のあることを示した.しかしながら,エントロピと,道路交通の安全性や効率性との関連は未だ明確ではない.これについての解析は今後の課題である.また,位置−速度の分布の周辺に散在する例外的な少数のドライバは,他の多数の車両挙動と大きく異なるために危険な状況にある可能性があるが,これもまた今後の課題である.
添付図、写真の説明
写真1 自動車交通流とその検出結果(図右端は検出した車両のヒストグラムを示す)
写真は車両計測の画像処理過程の一例を示している.計測は交通流の正面から行い,走行中の複数の車両とそれに対応する検出状態がヒストグラムで表されている.装置は同時に最大16台の走行車両が検出可能であり,交通信号を同一画面に撮像するように設置され,時々刻々変動する車両の追跡値を処理画面上に表示できる.
図1 通過した車両と停止した車両の位置と速度の分布
図中の折線と点線は,通過車両群と停止車両群を抽出した結果であり,二つの分布の重なった部分が混在領域である.一般にドライバまたは車両の挙動は,速度,車間距離などの数値的な挙動と,車線変更,右左折,黄信号表示の通過停止などの非数値的な挙動に分けられる.標準偏差を用いると,数値的な挙動のばらつきは定義することができるが,非数値的な挙動のばらつきは定義することができない.ここでは,ドライバの挙動のばらつきをエントロピで定量化することを試みた2),3).エントロピを用いると,数値的な挙動と非数値的な挙動の両方のばらつきを定義することが可能となった.
図2 通過・停止のエン卜ロピと速度のエントロピ
横浜市網島区北交差点(a)とつくば市並木北交差点(b)の信号切替時前後の動きを比較した. (a)は片側1車線の産業道路で規制速度は 40km/h,黄信号時間は3秒である. (b)は片側2車線の通勤道路で規制速度は 60km/h,黄信号は同様に3秒間である.図2の上図は未明の時間帯(0〜7時),下図は昼間の時間帯(7〜19時)の結果であり,青信号最後の1秒から黄信号2秒後までにおける,混在領域内の通過・停止のエントロピ(横軸)と速度のエントロピ(縦軸)の1秒間隔の時間変化を示す.位置と速度の計測精度は位置が遠方であるほど低いために青信号最後のデータには測定誤差が多い.
[発表者]
機械技術研究所 物理情報部 知識工学研究室 重田 清子
[連絡先]
機械技術研究所 統括研究調査官室 千阪文武/石塚一則
Tel: 0298-61-7034, Fax: 0298-61-7033
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