![]() |
|
通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室
− 微小透析同時計測システム −
基礎技術部 バイオメカニクス研究室 兵藤 行志
機械研NEWS,1999,No.12より
機械研NEWS,1999,No.12 PDF file(341kb) へ
1.背景
生体機能の解明には,生体組織の形態のみならず代謝計測技術の開発が必要不可欠である.また,病気による臓器の形態変化は,代謝が変調した結果として現れる.このため,僅かな代謝・機能変化の検出を可能とする生体計測技術は,疾病を未然に防ぐ予防医学においても大きな役割を果たす.
中でも磁気共鳴イメージング法(MRI,Magnetic Resonance Imaging)は,生体に外科的な処置を施すとなく(無侵襲),形態や代謝の計測が可能な優れた手法のひとつである.しかしながら,測定が可能な物質とその検出感度に限界がある.よって基礎技術部バイオメカニクス研究室では,より高感度な生体代謝過程の把握を目的に,磁気共鳴イメージング法と脳内微小透析法を併用する生体計測システムの開発を行い,脳機能の解明1),磁気共鳴計測技術の高度化2)を進めている.
2.磁気共鳴イメージング−微小透析同時計測システム
磁気共鳴イメージング法は,無侵襲に3次元の生体組織構造(スピン密度,緩和時間,自己拡散係数)の計測,そして任意断面での画像化が可能である.また,プロトン(1H)やリン(31P),あるいは炭素(13C)等を測定対象にした磁気共鳴スペクトロスコピーとイメージング(MRS/SI,Magnetic Resonance Spectroscopy,Spectroscopic Imaging)により,組織のエネルギー代謝やリン脂質代謝に関与するリン化合物,アミノ酸およびグルコース代謝過程の検出が可能となる.しかしながら,イメージング用磁気共鳴装置(磁場強度0.5〜2T)での,プロトン(1H)スペクトロスコピーは,組織の90%もあるH20からの大きな信号に埋もれそうな,数〜数10mMの低濃度物質からの微小信号を分離しなければならない.すなわち,計測対象となる物質とその検出感度に限界がある.
一方,脳内微小透析法は,動物の脳内神経伝達物質等の挙動をin vivoの状態(生きた個体の状態)で計測するための手法である.一部透析膜になっている細い管(微小透析プローブ)を動物の脳内に埋め込み,そこに人工脳脊髄液を循環させ回収液に含まれる神経伝達物質や代謝物質を解析する.例えばモノアミンは高機能液体クロマトグラフィーと電気化学検出器で,アミノ酸は蛍光検出器で解析を行う.また,循環液に特定の化学物質を溶解させることにより,脳内に直接その物質を導入することも可能である.脳内にプローブを挿入しなければならず,侵襲的である点に注意が必要であるが,特定領域の神経伝達物質や代謝物質を高感度(例えばドーパミンをpM程度まで)に計測することができる利点を有している.
磁気共鳴イメージング法と,相互補完的な脳内微小透析法を組み合わせた生体計測システム(図1)では,低侵襲的に,マクロな代謝物質の状態変化と,微小領域の高感度な濃度変化との同時計測を可能とする1.さらに,磁気共鳴法で無侵襲に得られる代謝データの背後に関連づけられる,より多様で詳細な物質代謝の解析が可能である.
図1 磁気共鳴イメージング法−脳内微小透析複合計測システム
3.計測システムの基礎的評価
まずは,当該計測システムの構成要素である,磁気共鳴法および微小透析法の生体影響の評価を,以下の2点から試みた.
1)磁気共鳴イメージングに必要な物理的環境への生体応答(微小透析法による確認)
2)微小透析法の生体侵襲度の磁気共鳴イメージングによる確認
3.1.磁気共鳴イメージング環境への生体応答
磁気共鳴イメージングに必要な物理的環境(2T(1T=10,000ガウス)の静磁場,2mTの変動磁場,100W,85MHzの電磁波照射)に対する生体応答を,ラット脳内物質の変動を指標に把握した例を示す.30から42週齢のラット(Wistar,♂)を用いて、脳の線条体(図2)3)または視床下部に脳定位固定装置にて脳内微小透析ブローブを固定,回復期間の後,モノアミンそしてアミノ酸の解析を行った.線条体はドーパミン神経系,運動等との関係から微小透析法による多くの検討がなされており,また視床下部領域は日周リズムや磁場との関連で研究が行われているところである.実験中はイソフルランによる自発呼吸麻酔を行い,温水循環により体温を保持した.160分間の連続計測で,途中に動物用2T超伝導磁気共鳴装置(プロトンの共鳴周波数:85MHz)と150mm直径のバードケージ型サーフェイスコイルにより撮像を行った.撮像法は一般的なスピンエコーシークエンスで,傾斜磁場は最大2mT,電磁波は最大1000Wの照射とした.磁気共鳴イメージングの物理的環境下における,ラット脳線条体ノルアドレナリン(NA),5−ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA,セロトニンの代謝物)の挙動例を図3に示す.おおよそ160分間の連続モニタリングを行った結果,図のように線条体ではNAの相対変化が30%以内,5−HIAAの変化はおおよそ20%以内であった.これら変動の原因は,磁気共鳴法そのものの強い静磁場,変動磁場,電磁場照射という物理的ストレスに加え,マグネットからの音響ストレスや麻酔による代謝変動も加わった総合的な結果である.この例では磁気共鳴環境に特異的な変化の有無は同定できない.定量的な結論を得るため,より厳密な外的環境の制御,試料数を増加させた統計的解析を進めている.
図2 微小透析プローブの設定位置(ラット脳冠状面)
図3 磁気共鳴イメージングと脳内モノアミン変化
(NA:ノルアドレナリン、5-HIAA:5−ヒドロキシインドール酢酸
3.2.脳内微小透析プローブの生体侵襲度の計測
プローブ挿入の組織への影響(侵襲度)に関しては,モノアミンの変動や組織学的な検討がなされてきた.しかしながら,その組織応答の時・空間変化に関する検討はなく,磁気共鳴法による検討を試みている.
10−20週齢のラット(Wistar,♂)を用い,直径0.55mmのガイド管を脳定位固定装置で線条体上部(外側3.9mm,bregma後方0.8mm,硬膜下方3.5mm)に保持,頭蓋骨上に歯科用レジンにて固定した.磁気共鳴測定は2テスラ超伝導磁気共鳴映像装置(Bruker)を,微小透析によるモノアミンおよびアミノ酸レベルの計測には直径0.5mm膜長2mmのプローブ(BAS)で高機能液体クロマトグラフィーと電気化学および蛍光検出器(BAS/CMA)を用いて行った.
図4では,ガイド管設置後約5時間経過した状態でのラット脳水平面磁気共鳴画像(Gradient echo,TR500msec,TE 5msec,8回精算,原画像256×256FOV 50mm,スライス 2mm)示す.図右側の頭頂に近い断面では内外側全体に信号強度の変化が観測されるが,これはガイド管を頭蓋骨に固定するねじの影響である.頭頂上から2mm下方ではガイド管設置部分に直径1.5−2mm程度の信号強度の変化が観測される.脳内への細管の挿入により,急性的には微小領域で毛細血管そして細胞の破壊は生じるため,H20の挙動変化が発生する.その挙動変化を捉えるのに最適な撮像法(T2強調あるいはディフュージョン強調画像)の条件を検討し,侵襲度の時・空間変化の把握を進めている.
図4 ラット脳水平面磁気共鳴画像
(右 頭頂硬膜から2mmのスライス、左 さらに下方2mmのスライス)
4.まとめ
高精度な生体代謝過程の把握を目的に,磁気共鳴イメージング法と脳内微小透析法を併用する生体計測システムの開発と基礎的な評価を進めている.本システムは低侵襲的に,生体物質のマクロな挙動の把握とミクロ領域での高感度な解析を両立するもので,生体(脳)機能に関する新しい知見の獲得1),磁気共鳴計測技術の高度化への応用2)が期待される.
「参考文献」
1)HYODO K., WATANABE Y. and HOMMA K.,Magnetic Resonance Imaging-Microdialysis Simultaneous Measuring System-Neurotansmitter Levels in a Rat Brain during Magnetic Resonance Imaging,JSME International Journal,Series C,42-3(1999)784-789
2)本間一弘,兵藤行志,鎮西清行,Karol MILLAR,先進MRI画像化手法の基礎研究,平成7年度提案公募型・最先端(重点)分野研究開発会成果報告会予稿集,NEDO(1997)396-397
3)SWANSON L.W., Brain Maps:Computer Graphics Files, Elsevier Science(1994)
[発表者]
機械技術研究所 基礎技術部 バイオメカニクス研究室 兵藤 行志
Tel: 0298-61-7117, Fax: 0298-61-7167
[連絡先]
機械技術研究所 統括研究調査官室 千阪文武/石塚一則
Tel: 0298-61-7034, Fax: 0298-61-7033
chisaka@mel.go.jp,ishizuka@mel.go.jp