![]() |
|
通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室
生産システム部 生産情報研究室 森 和男
機械研ニュース NEWS,1998,No.5より
高品質な機械部品を安定して製造するには,加工プロセスを常に所望の状態に維持することが重要である.加工プロセスの監視は,従来熟練技術者に委ねられていたが,より自律的な機能が加工システムに求められている現在,機械システムによるインプロセスモニタリングの重要性が増している.
そのため,機械加工のインプロセスモニタリング技術は,従来より盛んに研究開発が行われている.しかしそれらの研究の多くは,診断対象の加工プロセスの現象や物理量を直接モニタリングするのではなく,付随して起こる他の物理現象を介して診断を行う,いわゆる間接的方法を基にしている.これは,工具が高速で回転したり,切り屑や切削油剤が飛散するなど,加工点付近の環境が対象の直接観察に適していないからである.より信頼性の高いインプロセスモニタリング技術を開発するには,直接的方法よる方が有利である.そこで,生産システム部生産情報研究室ならびに生産機械研究室では,加工点において工具摩耗や切削力,切削温度などのプロセス現象を直接測定できるセンサ機能が集積された切削工具の開発を進めている.このたび,工具損耗をインプロセスで求めることができるセンサ機能が一体化されたインサート型切削工具を開発した.
旋削あるいはフライス加工において,摩耗やチッピングに代表される工具損耗は,加工精度を大きく左右するためモニタリング対象として最も重要なものの一つである.このたび開発した損耗センサ機能付切削工具は,次のような簡単な原理により摩耗量を直接インプロセスで求めることができる.
図1に示すように,工具のすくい面や逃げ面上にいくつかの細線からなる導電性材料のセンサ薄膜を形成する.これらの細線は摩耗の進行方向に直角に置かれ,すべての細線は両端で並列結合されている.いま,加工中にインプロセスで細線の両端の電気抵抗を測定するものとすると,摩耗の進行に伴って細線が次第に細くなったり断線したりするので,センサ薄膜全体の電気抵抗に変化が生じる.この時の電気抵抗の変化量は,生じた摩耗量に応じて増大していくものと考えられる.細線間隔を,求めたい摩耗量を検出するのに十分な距離分解能を有するように細かくとることによって,電気抵抗値から直接摩耗量を求めることができよう.
このような考えに従って損耗センサ付切削工具を試作した.工具としては,センサ部分との電気的絶縁性を確保するためにセラミック製の市販のスローアウェイ型チップを用いた.このチップの上に図2に示すような方法によって細線状のセンサ薄膜を作成した.
・まずセンサ薄膜を形成する面にラッカーを塗る.
・次に細線を形成するチップ面上のラッカー膜を細線形状に応じて落とし,マスクとする.細線を形成する方法にはいくつか考えられるが,本実験では微小幅の切断砥石を用いてラッカー膜を落としてパターンを作成した.
・ラッカー膜のマスクが形成されたチップに対してスパッタリング装置を用いて,Tiのセンサ薄膜をチップ上に蒸着させる.ここでTiを選択した理由は,導電性があるため目的とするセンサ材料としての機能を満足すること,対摩耗性に優れるので実切削にも十分耐えるものと考えたからである.
・最後に,有機溶剤を用いてラッカー材を溶解させてチップ表面から落とすと,ラッカーマスクが存在しなかったチップ表面上にTiセンサ薄膜が残る.
細線幅や間隔は摩耗量の要求分解能に応じて設定すればよいが,本実験では逃げ面摩耗検出として実用上十分と思われる100μm間隔にすることにした.そこで50μm幅の切断砥石を用いて50μm間隔で約5μmの切り込みでラッカー膜を落として細線状パターンを作成した.また,今回作成したセンサの細線部は工具逃げ面のみとした.図3に切れ刃付近の拡大写真を示す.溝のように見える部分がTiのセンサ部分である.またTi細線に連続したTi薄膜の一端を工具すくい面側に,もう一端をその反対面である工具ホルダー側に作成し,これらを電気抵抗を測定するためのターミナルとした.こうすることによって,測定のための配線が簡単化できる.つまり,図4に示すように,工具下面のターミナル部は工具ホルダーと直接接触するため,電気抵抗測定用の配線の一つは工具ホルダーに設置することができる.
次に,試作した工具損耗センサ付切削工具を用いて実切削実験を行い,センサの検出特性等の評価を行った.切削実験では,汎用旋盤を用いてS45Cの丸材を,切削速度100m/min,切り込み2mm,送り0.2mm/revで連続旋削を行った.
図5にセンサ電気抵抗の切削時間に対する変化を示す.切削時間は25分,電気抵抗の測定は20秒間隔で行っている.電気抵抗の変化を見ると,切削時間が約13分頃と22分頃から急に増え始め,それを過ぎると値に変動が見られるもののある期間はほぼ一定値を保つ.この急激に抵抗値が増えた切削開始後13分時点で切削を一時中断し,工具切削面付近を目視により観察したところ,最も切れ刃に近い第1番目の細線が断線しているのが見られた.図6には,切削が終了した25分後に取り出した工具の切れ刃付近の拡大写真が示されている.切れ刃付近にはチッピングが観察され
これによって切れ刃から第2番目までの細線が断線しているのが観察される.
以上の結果より,急激に抵抗値が増加した点では,Ti細線がチッピング等の拡大により1本ずつ断線に至った部分と考えられる.つまり,抵抗値やその変化を観察することによって何本の細線が断線したか知ることができ,しかも細線間隔が既知であるからおおよそ生じている損耗の大きさをインプロセスで見積もることができる.
断線した後抵抗値が小さくなる方向に変動を起こすのは,鉄系である工作物が断線した細線と端面のTiターミナル部を時折ショートさせるためと考えられる.また抵抗値は断線間のほぼ中間点を過ぎると次第に増加する傾向を示すが,変化のない部分はTi細線問の工具セラミック母材のみの損耗が進み,それがTi細線に差し掛かると,細線の幅や厚さが損耗によって減少するため電気抵抗が増加するためと推察される.加えて,こうした安定した電気抵抗値の変化から,Tiセンサ薄膜は,剥がれ落ちることもなく.実切削に耐える十分な強度も備えていると考えられる.
以上のように試作した損耗センサ付切削工具は,電気抵抗のみを測定するだけで摩耗やチッピングの形状的な量をインプロセスで高精度に求めることができる.細線の断線本数と電気抵抗値にまだ完全な線形性が見られない等の問題点もあるが,これはTi細線パターンを形状的に正確に作成することによって解決できるもの思われる.今後実切削で評価することによってさらに実用性の高いセンサとして改良を進めていく予定である.
(文責:森 和男)
[発表者]
機械技術研究所 生産システム部 生産情報研究室 森 和男
Tel: 0298-61-7075, Fax: 0298-61-7201
[連絡先]
機械技術研究所 統括研究調査官室 千阪文武
Tel: 0298-61-7049, Fax: 0298-61-7033
chisaka@mel.go.jp