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通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室


 

成層圏プラットフォーム実現のための
定形気球の高々度放球実験
 

物理情報部 計測制御研究室 恩田昌彦

 

機械研ニュース NEWS,1998,No.11より

1.成層圏プラットフォームについて

 地上13km位から40km位の高度までの成層圏は,その下の対流圏のように上昇気流による雲や雨の発生がなく,一年中晴天で穏やかである.高度20km付近の通年の平均風速は,関東平野上空では6.2m/sと低く,平均気温は−56℃と低温であるが,昼夜の温度差は数℃程度である.この成層圏下層の空域に太陽光発電のパワーで駆動する推進装置を付けた気球を長期間滞留させることができれば,環境保全のための大気観測やリモートセンシングのプラットフォームとして利用できる.無線中継基地として利用した場合は距離が小さいので通信の時間遅れもほとんどなく,小さいパワーで交信できる.また,大地震などの大規模災害時にも情報サービスを行うことができるであろう.

 このような成層圏プラットフォームの研究を物理情報部計測制御研究室は実施してきている.

 

2.高々度への放球実験の目的

 平成8年度末から平成9年10月までNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)との共同研究により成層圏下層に向けて気球を打ち上げる実験を実施した.共同研究期間中,係留索を付けた低空での放球予備実験と海上放球実験を合わせて16回実施した.

 海上放球実験にあたっては、平成2年度に行われた調査研究結果を踏まえ,航空路網や安全性を考慮して,鹿島灘沖を飛行実験空域とし,日立港を放球場所として選んだ(図1).日本は山岳が多く,平地は人口密度が高いため,プラットフォームの実用段階になっても海上を成層圏往還に使用する可能性が高いと考えられる.

図1

図1 鹿島灘の実験空域と航空路網

 

 本実験は,地表から成層圏下層までの間の往還技術についての知見や問題点を抽出するための基礎実験である.本研究で実験した気球は,流線型をした定形の気球である 逆涙滴型の形状で上昇中に体積を膨張させる通常の科学観測気球とは異なり,限られた空域内で高速度で成層圏と地表間を結ぶ飛行を目指している.

 

3.成層圏往還法について

 成層圏への上昇下降を高い速度で行うと,早い気流の影響で,気球が局部的に変形したり振動したりして,球皮膜が破れる可能性がある.このため,気球内圧と大気圧との差圧を一定に保ち,気球形状と剛性を保ち続けなければならない.また,気球形状が変わると抗力が増え,飛行姿勢が不安定となり,安定した飛行が困難である.気球内圧の保持は,調圧弁により行う.この弁は低温下でも確実に作動することが必要である.

 地表と要求する高度(以下要求高度とする)間の往還飛行の方法には2通りある.1つは動力を使った推進機の力で上昇・下降する動力式往還法,もう1つは余剰浮力を使って上昇し,自重の一部を使って下降する,いわゆる重力式往還法である.要求高度までには,時には−80℃に及ぶ高度17km近辺の低温域を通過しなければならない.また,高度約13kmには所によっては120m/sを越える風速のジェット気流が流れている.地表と要求高度では気圧は20倍,空気密度は15倍も異なる.したがって,地表で要求高度と同じ航行速度を持つためには,推進効率が同じとして,15倍ものパワーを推進機が持つ必要がある.なぜならば,一定飛行速度を得るのに必要なパワーは,機体形状が同じならば飛行空域の大気密度に比例するからである.

 機体の強度についても同じことがいえる.機体強度は,飛行中に機体の受ける曲げモーメントに耐えるように決められる.この曲げモーメントは,大気のせん断流中を通過する時に受ける.せん断流の運動量はその速度が同じであれば,密度に比例し,風圧も密度に比例して大きくなるからである.一方,動力飛行を行う場合は,推進機出力の大きさにしたがい,機体の大部分の強度を高めなければならない.

 重力式往還法では,上昇のために用いるヘリウムなどの浮揚ガスを余分に持ち,要求高度に達すると,余剰浮力を除去するため,浮揚ガスを一部放出し,機体の全備重量と全浮力を釣り合わせて,水平飛行に移る.降下する場合は,さらに浮揚ガスの一部を放出して,浮力が減じた分に相当する自重の一部を沈下力として利用する.このため,ガスの放出機構が必要であるが,機構的には動力式往還法よりも簡便である.また,重力式往還法では浮力や自重による推進力は機体全体にわたって分布し,小さな応力しか生じないため,機体強度は小さくて済む.一方,動力による推進では推進力が機体の特定部所に集中するため,この応力集中を機体の広い範囲にわって分散するために過大な部材が必要となる.そこで,本研究では重力式往環法を採用した.

 降下開始装置は,気球の飛行を確実に終了させるために航空安全基準上,装着が義務づけられており,確実な作動が要求される.従来の科学観測気球では,気球に下げた搭載物を吊るロープを爆管式カッターで切り,この搭載物の落下力を利用して,気球を引き裂いた後,搭載物のみを落下傘で降下させる方法をとっている.本研究では気球は何回も利用する方式であり,使い捨てとの前提に立っていない.そこで,気球を引き裂く方法ではなく,気球の特定部分に一定の大きさの穴を確実に穿孔する方法を開発した.この方法を発展させると,気球の帰還飛行の制御に必要な穿孔部分への吸気ファンの取付や調圧弁の設置が可能となる.

 

4.実験装置

 実験機に用いた球皮材料は,片側にアルミを真空蒸着した15μm厚のエチレンとビニル・アルコールのランダム・コポリマーのフィルムの両面に15μm厚のポリエチレンをラミネー卜したフィルムである.破断強度は室温で約1kg/cmである.放球には様々な測定機器を取り付た気球の保持と解放の方法,また放球時の風で揺れ動く球体の浮力の計量等の課題がある.

 ところで,上昇・下降飛行速度が緩慢だと,図2に示すように冬季の強風時に水平方向に200km以上も流され,地上とのデータ通信が困難になり,航空路の侵害も起こる可能性がある.したがって,小さな空域でできるだけ早く上昇・下降をしなければならない.上昇速度は,機体形状が一定で機体姿勢が垂直を保ち続ければ,上昇力となる余剰浮力で決まるが,上昇姿勢がくずれると,最大速度が得られない.上昇姿勢に影響を及ぼす要因は,機体形状,安定板の面積と取付位置,そして上昇速度である.

図2

図2 茨城での冬季の風のプロファイル例

 

 今,要求高度近辺での上昇速度40m/sを仮定すると,単純な物理的関係では,海面での上昇速度がその1/4強の10m/s程になる.この理由は,上昇浮力が,上昇高度が変わってもほぼ一定であり,この上昇推力と釣り合う機体抗力は,機体形状が一定であるため飛行空域の大気密度と上昇速度の2乗との積に比例するからである.したがって,大気密度が15分の1になると,上昇速度はほぼ4倍となる.このため,海面近くでの速度を10m/sとすると,平均速度25m/sの上昇が可能となり,800秒すなわち13分強で要求高度に達することになる.このような状況で冬季の強風下を想定すると水平距離で40km流されることになる.

 

5.放球実験

 気球の海上放球実験に先立ち,放球手順の確立と放球技術の向上のため,つくばにある工業技術院第2研究センターにおいて模擬放球実験を行った.この実験では,気球にローブを付けて放球し,空中で上昇停止を行い,後に地表に引き下ろす手順をとった.空中での上昇停止は,気球に付けたロープ端に鎖を結びつけておき,鎖を引き上げることによりロープへの荷重を暫増し,気球の上昇を減速から停止に導く方法をとった.これらの模擬放球は海上への放球前に必ず実行した.放球実験は,小さい気球からはじめ,全長寸法で5mから25m,容積で8mから650mの気球について行った.海上放球実験は平成8年度夏から実施し,模擬放球実験を含んでほぼ20回行った.

図3

図3 成層圏へ向けた気球の海上放球実験

 

図4

図4 海上放球気球の飛行高度データ例

 

 今回の一連の海上放球実験はすべて風の穏やかな日を選んで行い,気球は上昇の後にすぐに降下させた.気球の最終的な到達上昇高度は,全重量に対する気球容積で決まるが,降下開始装置により,到達高度を制御できる.本実験では沖合20km程度の距離で降下した気球を回収することを目標としたので到達高度は比較的低くとった.図3の気球は尾翼安定板も含めてすべて加圧膜構造体であり,高度17kmまで形状が一定のまま到達した例である.図4はこの気球に搭載したGPSゾンデから得られた上昇高度である.この実験では高度に伴う上昇速度の増加は顕著ではない.この理由としては上昇時姿勢が完全に直立を保っていないことと,高度1kmと4.5kmに雲があり,そこを通過する時に雲の水滴が気球に付着して,重量増加を来たし,上昇速度が大幅に減少したことが考えられる.高度15km以上では電波が弱くなり,データを受信できていないが,降下開始装置の作動時刻と高度のデータを補間して得られる下降開始時刻が一致することから,到達高度を推定することができる.あらかじめ推定された最終到達高度は18kmであった.図5はGPSビーコンから得られた水平移動軌跡である.

図5

図5 海上放球気球の水平移動軌跡データ例

 

 気球の上昇速度が高くなると速度の2乗に比例して空力的モーメントが大きくなるため,浮心と重心の位置が上下に離れていても,姿勢が不安定になり,首振り現象が生じる.このため垂直上昇ができなくなり,上昇速度が下がってしまう.首振り現象を抑制するためには,尾翼安定板が必要となるが,この安定板は重量的にもコスト的にも大きな負担となるので,いかに小さくするかが重要な課題である.線形近似による機体姿勢保持の安定判別計算によると,十分な姿勢安定を得るためには安定板面積の比率は,気球体の代表面積(体積の2/3乗)に対して,安定板1枚の面積比率が0.8程度になる.これは風見安定を大きくとらなければならない係留気球等に使われる比率であり,本研究の目的とする気球では,過剰安定となり操縦性が損なわれる恐れがある.空中を動き回る通常の飛行船はこの比率が1桁オーダ小さい.本実験では当初,安定板の比率を0.134としたが,飛行姿勢の安定が十分でなかったために,この比率を0.235にした結果,機体姿勢が一定角度以上に傾くことは抑制でき,一定の安定度が得られた.

 なお,放球実験のため,関係する諸官庁の担当部署や地元の漁業組合等多くの機関と団体から,実験遂行のための御協力を頂いた.お礼を申し上げる.

 実験開始の当初は,気球の姿勢不安定のため,上昇速度が十分出せず,上昇途中でタイマーによる降下開始装置が働き,高い飛行高度も得られなかった.しかし,実験後半になり,要求高度の20kmには到達しなかったが,当初の速度に比べては高い速度で成層圏下層まで上昇させることができた.

 また,NEDOとの共同研究では,全長25mの太陽光推進動力気球の試作を行った.この気球に搭載する推進装置は,成層圏と同じ環境下の環境槽内で駆動実験を行い,動作を確認した.図6は気球に装着した状態で行った推進装置の屋内作動実験である.

図6

図6 成層圏動力飛行用気球の推進機の装着と駆動実験

 

 

6.今後の課題

 実際の成層圏プラットフォームでは要求される機器の搭載量が1トン以上必要であり,総浮力は20トン以上,海上のタンカーと同程度の機体寸法になる.この大型ビークルの打ち上げや,地上でのハンドリング,地表へ帰還時の降着,地上格納施設への搬入など,かなり大掛かりな技術を必要とする.また,上記の様々なプロセス中の異常事態に対してどのように対処するかもこれからの課題である.今後の開発で実験機が大型化して行った場合も,成層圏プラットフォームの長所を生かして,常に地上基地へ安全に帰還できることが必要である.

 狭隘な国土の日本で,このような大型の機体をどのようにしてハンドリングして行くかも大きな問題である.郵政省通信総合研究所によれば,40GHz以上の高い周波数帯での無線中継では,地表の40km平方を1基のプラットフォームの覆域単位として行うという.この他,交通流の監視,農林水産分野でのリモートセンシング等の応用を考えると,十分な情報サービスを行うには日本列島に200〜400基の成層圏プラットフォームが必要と計算できる.世界的にはこの10倍ほどの数が見込まれる.これだけの数のプラットフォームを運行するには,十分な地上支援体制が整ってなければならない.

 このような様々な課題に取り組み,環境保全と高度情報化を通して経済活性化に資する成層圏開発の基礎研究を今後共,積極的に展開して行く予定である.

 


[発表者]

機械技術研究所 物理情報部 計測制御研究室 恩田昌彦

         Tel: 0298-61-7064, Fax: 0298-61-7091

[連絡先]

機械技術研究所 統括研究調査官室 千阪文武/石塚一則

         Tel: 0298-61-7049, Fax: 0298-61-7033

         chisaka@mel.go.jp,ishizuka@mel.go.jp

 


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