National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) This page is a page of the former research institute. We stopped updating on March 31.2001.
E-mail to webmaster (Japanese) E-mail to webmaster (English)

通商産業省 工業技術院
機械技術研究所
統括研究調査官室


 

深海条件下における二酸化炭素の挙動
 

エネルギー部 熱工学研究室 西尾 匡弘

 

機械研ニュース NEWS,1996,No.2より

 

 産業革命以来の人類による加速的な化石資源消費の増加により,年間200億トン以上のCO2が大気に排出され,その半分が大気に残留,蓄積され続けている.これらによる大気中のCO2濃度の増加は,地球の温暖化を促進するだけでなく,海面上昇や異常気象を引き起こす原因になるとも言われている.CO2の大気排出を抑制するという観点から,これまでも化石資源に頼らないエネルギーへの転換「新エネ技術」,化石資源の有効利用による排出量の削減「省エネ技術」の開発・導入が推進されている.しかしながら遠くない将来,緊急避難的に直接大量のCO2を回収・隔離する対策技術が必要となる可能性がある1).そこで,エネルギー部 熱工学研究室では,水深数百〜数千mの海洋中深層水にCO2を直接投入して溶解あるいは貯留させるとによって,CO2を大気から隔離する技術の可能性について検討を進めている2,3).

 人為的に海洋へCO2を投入する方法は,溶解に伴うCO2濃度の増加や局所的なpH低下による海洋生物や周辺環境への影響が懸念される.したがって,海洋中におけるCO2の挙動および影響をあらかじめ明らかにしておく必要がある.ここでは,深海中の条件を模擬した高圧容器内における液体CO2の挙動の観測例等について示すことにする.

 

1.深層海水模擬実験装置

 深海中での海水とCO2との相互の挙動を確認するために,深海条件が模擬できる観測用窓付の高圧実験容器(図1)を設計・製作した.高圧容器は,内径100mmφ,高さ300mm,容積2.35リットルの円筒ステンレス製容器で,可視窓つきでCO2の深海における挙動を模擬する実験装置としては比較的大きな部類である.設計耐圧力は550kg/cm2(深度5,500m相当)まで可変であり,圧縮性流体であるCO2の密度が海水よりも重くなる約300kg/cm2を中心とした実験が可能である.観測用窓は,直径12mmφの開口部を持つガラス窓を容器底部からそれぞれ6mm,18mm,30mmの高さに対向して設けている.容器底部に設けた銅板は内部に恒温水を循環させて加熱・冷却できる構造としている.なお,今回示した画像では,すべて液体CO2の送り込みを直径1/8inch,SUSチューブを介して行っている.

図1<−クリック

図1 深海模擬実験装置  

 

 

2.液体CO2注入時の挙動

 深層海水条件では,圧力および温度がCO2包接水和物(CO2 clathrate hydrate:以下ハイドレートと略記)の生成条件(4.4MPa以上,283K以下)であることが知られ,液体CO2−海水の界面に膜状のハイドレートが生成される様子なども報告されている4,5,6).ハイドレートは気体分子の周りを水分子が取り囲む結晶構造であり,生成過程や条件によって襲状,シャーベット状,氷結晶状等の形態を示し,これらの生成により,海水中へのCO2溶解・吸収が阻害される可能性がある.本装置において容器底部に向けて液体CO2を注入した場合のハイドレート生成の様子等を示す.

(1)液体CO2の滴下実験:図2a−dに容器底部に溜めた液体CO2上に液体CO2を滴下する実験の一例を示した.実験条件は45MPa,280Kであり,ハイドレート生成条件を十分に満たしている.図2aは,底部に溜まっているCO2の表面にハイドレート膜が生成されており,画面左側の液滴が凄地した瞬間を示している.液滴の大きさは5mm程度である.その接触部位から上部に向かってハイドレート膜が,1秒程度かかって数mmの液滴を覆ってゆく.膜の成長の際に,一旦皺状の膜で覆われるが(図2b),続けて滑らかな表面が成長していく過程が見られた(図2c).この現象からは,表面張力や溶解・平衡との関連が考えられる.なお,図2dに示すように,滴下した液体CO2の表面はハイドレートで包まれ,液滴は合一することなく積み上がり,いわゆる「葡萄状」の溜りを形成することが観測された.

図2<−クリック

図2 液体CO2滴下実験(45MPa,280K)  

 

(2)液体CO2噴出実験:45MPa,281Kの深海条件の人工海水中に液体CO2を約100ml/minの速度で注入した場合について図3に示した.この場合,容器底部に衝突することによる微粒化も手伝って,液滴径は数mmから10mmと小さなものになっているが,液滴そのものはハイドレート膜に覆われており,液滴粒子が合一しないで積み重なるように溜まっている.  一連の注入実験では,純水中よりも人工海水中のほうがハイドレートが容易に生成されるという,平衡データから予測される結果とは逆の傾向を示しており,結晶成長の機構も含めて今後の検討が必要である.またCO2溶解によって周辺海水の密度が上昇し,一旦沈降したCO2液滴が再浮上する現象も観測されたことから,溶解に伴う各種物性値への影響を検討する必要があることも分かった、これらの注入実験は,海洋中でのCO2溶解・拡散あるいは溜りの形成過程を知る上で重要な役割を示すと考えられ,今後一層の検討を進める予定である.

図3<−クリック

図3 液体CO2噴出実験(45MPa,281K)  

 

 

3.貯留液体CO2の温度可変実験

 CO2の深海底貯留が実現された場合,地殻活動などにより海底から熱が供給されることが想定される.ここでは,高圧容器底部の温度変化による影響を調べる実験を行なった例について示す.なお,冷却過程実験はハイドレートの生成過程を観察するために行ったものである.

(1)貯留液体CO2冷却実験:まず,ハイドレート生成挙動として,図4a−dに高圧容器内底部に貯留したCO2液滴(直径約30mm)を冷却した実験について示す.溶液は人工海水を用い,初期の温度条件をハイドレート非生成領域(285K,45MPa)としてから,容器底部の銅板に冷却水を循環して冷却を始めた(図4a).冷却速度は,約−5K/hrであり,282.4Kとなったところで液滴下部からハイドレート膜の成長が確認され(図4b,c),およそ3分程度でほぼ全球を覆い尽くした.なお,同様の実験を周辺温度が284Kから行った場合には,ハイドレート膜が全球を覆い尽くすのに数秒しか要せず,温度に対する依存性が大きいことが確認できた.

図4<−クリック

図4 貯留液体CO2冷却実験く45Mpa,285K→280K)  

 

(2)貯留液体CO2加熱実験:加熱することによるハイドレート膜の解離・崩壊過程の観察を目的とした実験を行った(図5a−d).冷却実験と同様,溶液には人工海水を用い,初期条件をハイドレート生成領域(280K,45MPa)で表面がハイドレートで覆いつくされている状況から加熱を開始した(図5a).この例の場合,約15K/hrの加熱速度である.底板付近の温度が285K付近まで上昇したところで液滴内部に対流が観測されるようになり,液滴の表面では,霧状のゆらぎが観測され(図5b,c),やがてハイドレート膜が解離・崩壊した(図5d).純水中における同様の実験では,ハイドレート膜の解離・崩壊過程において液涌表面を分裂したハイドレート膜が滑り落ちるなどの様子が観察されたが,海水中では霧上に消失していった.このような消失挙動の差は,海水中に含まれる金属イオンによる影響で,純水中に比べてハイドレート膜が十分に成長していなかったためと考えられる.このことから海水中でのハイドレート膜成長速度や膜厚を検討することが重要となる.また,ハイドレート生成時の塩分排斥(濃縮)による影響も無視できないと考えられる.

図5<−クリック

図5 貯留液体CO2加熱実験(45Mpa,280K→285K)  

 

 以上,温度変化によるハイドレート膜の生成・解離挙動は,海水中において純水中とは異なる挙動を示すことが多々あり,今後とも詳細に検討する必要がある.特に金属イオンによる化学的影響は,海洋中の流れ場や密度・温度成層等の物理的影響とともに定量的な検討を進める大きな課題である.

 現在本テーマでは,新たに深海7,000m(70MPa)に至る高圧・低温条件が模擬できる装置を試作し,これらの条件下での密度および粘度等の物性計測に着手している.この装置により,既存データのほとんどない各種物性のCO2濃度依存性を検証し,実際にCO2の海洋投入に関わるであろう各種物性を実験的に明らかにするとともに,CO2の海洋隔離の技術的可能性を検討する予定である.

 

4.おわりに

 地球温暖化対策として,有望な手段の一つである海洋利用によるCO2隔離法には,非常に大さな期待が寄せられている.しかしながら,その手法の性質として緊急避難的に行われるべきものであって,本質的な解決策ではないことを忘れるわけにはいかない.また,本格的にこれらの手法が取り入れられるためには,まだまだ解明しなければならない問題も山積しており,ここで一部紹介した物理化学的な事象はもとより,最終的には生物影響も含めた形で厳しい評価を受けた後,慎重に実行されるべき対策であることは言うまでもない.今後一層の多角的研究を促進することにより,海洋を利用したCO2隔離・固定の可能性が明らかになるものと考えている.

(文章:西尾 匡弘)

 

参考文献


1)赤井,化学工学,Vol.55,No.9(1991),706−709.
2)西尾 他,環境技術研究総合推進会議第3回研究発表会資料:地球温暖化委員会(1995)地−21
3)西尾 他,化学工学会第60年会研究発表要旨集,(1995)D326
4)Aya,I. et al. : Proc. of The Int. Symp. on CO2 Fixation & Efficient Utilization of Energy,Tokyo,Japan(1993),351−360.
5)平井 他,第31回伝熱シンポジウム講演論文集,G151(1994)158
6)内田 他,化学工学シンポジウムシリーズ,Vol.38(1993)125

 


[発表者]

機械技術研究所 エネルギー部 熱工学研究室 西尾 匡弘

         nishio@mel.go.jp, Fax: 0298-61-7240

[連絡先]

機械技術研究所 統括研究調査官室 千阪文武

         chisaka@mel.go.jp, Fax: 0298-61-7033

 


 戻る